クリスマス2015の第2弾は「クリスマスリースの作り方」です。簡単ですので、ぜひクリスマスには手づくりのリースを飾ってみたらいかがでしょうか?
ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど
クリスマス2015の第2弾は「クリスマスリースの作り方」です。簡単ですので、ぜひクリスマスには手づくりのリースを飾ってみたらいかがでしょうか?
クリスマス2015の第1弾として「サンタクロースの折り紙」の作り方をご紹介します。
夕方、久しぶりにウオーキングに出かけました。その時間は、いつもならば陽がまぶしいはずなのに、すでに陽は翳り空にはうっすらと夕焼けが見えていました。秋の日はつるべ落としといいますが、知らない間に秋が深まっているんだなと、落ち葉を踏むかさかさいう音を聞きながら時の移ろいの寂しさを味わいました。
今回は 夏の終わりに参りました、直島紀行を綴ってみたいと思います。
瀬戸内海にある直島は、海の自然と人々の生活の中にベネッセハウス、地中美術館などアートな世界を展開して独特な雰囲気でのアートエリアを構築しているスポットです。島中そこここに今を時めく観光スポットがたくさんありましたが、島の中の建築を巡る「家プロジェクト」をご紹介します。
安藤忠雄設計のトイレと南寺 写真1
丸い円筒形のトイレです。形は奇抜ですが、木でできているので周りのひなびた雰囲気にも際立つことなく、しかし存在感は保ちつつ、そこにありました。
そのすぐ横に「南寺」なるものがあり、丸いトイレと同類、すべて木で囲った四角い家のような建物で開口部が皆無のお寺?です。中に入るとそのコンテンツはジェームスタレルの作品です。これがまことに不思議。中は漆黒の闇…手探りで歩くのも怖いほどです。一緒に入った方たちも思わず悲鳴が出るほどの闇です、まったく何も見えません!壁を手でつたいながら恐怖の中、冷たい椅子にたどり着き座りました。その芸術は、光を実態でとらえると表現していいのでしょうか?最後にどんでん返しのような出来事が起こります。〈ネタ晴らしはしません、どうぞ実際に体験してみてください〉
役場 写真2・3
安土桃山時代の建物をモチーフにした作品で、屋根の上には戦国の武将が「カ!カ!カ!」と笑っていそうな、とても役場とは思えないユニークな形です。
中で働いている方たちもきっとニコニコと歌でも歌いながらお仕事しているのかなーなんて勘違い?してしまう、明るい自由な感じがいっぱいの建物でした。
写真3が正面、写真2が裏です。
歯医者 写真4・5
昔は歯医者さんだったとのことです。小さな木枠の窓が付いた受付だけが、歯医者さんの名残を残していました。あとは!!自由奔放やりたい放題の中身と外観でした。写真5をよーくご覧ください!自由の女神が隠れています。
護王神社 写真7・8・9
こちらはガラスの階段でちょっと有名な神社です。山の斜面に沿った階段を美しい海を垣間見ながら写真8上っていくと、頂上に小さなお社が建っています。そこの神殿に上がる階段がガラスでできています。お社の真中にある白い階段です、写真が小さくて見えづらいですね!〈ゴメンナサイ〉暑い日差しの中で見ると、氷のようにも見えて溶けてしまうのではないかと、いらぬ心配をしてしまいます。木の質感とは真逆の氷が現生の矛盾を表現しているのか。現生の危うさを氷の階段で表現しているのか、氷の階段を上った後の木のぬくもりの幸せと温かみを神聖なお社とオーバーラップしているのか。たくさんの感受性がそこには存在していると思いました。実はこの氷の階段はそのまま地中に埋もれていて写真7細い入り口から人ひとりの肩幅しかない極細の通路を通って、その地中の階段を見ることができます。地中の中での階段は氷には全く見えず、神のような暖かい光に包まれて美しく輝いていました。神聖な神様の見てはいけないお姿を見てしまったような、不思議な罪悪感を感じるほどの気持ちになりました。
小道 写真10・11・12
家プロジェクトはすなわち、「直島ウオーキング」なんですね。道から道へ民家を通り抜けて歩くのですが、この民家のお玄関周りが素晴らしい!さすがアートの島の住民ですね。美意識の高さを感じました。島民のおもてなしの心意気みたいのものが随所に出ておりました。
島には外人の観光客も多く、国際的にも注目されている場所なんですね。ベネッセの前身である福武書店が最初は社員保養所として直島に進出してきたとのこと。この企業進出により島の運命が180度転換してしまったということです。家プロジェクトの他にも島の自然を生かしつつ、外からは見えない地中に美術館があったり(安藤忠雄)、その地中美術館にもまたベネッセ美術館にも自由な発想の作品を、芸術家が勝手気ままに繰り広げている感じがして面白いエリアだなと、思いました。ただし、多くの作品は意味が分からず、フーンと横目で見ながら通り過ぎてきたというのが正直なところです。〈芸儒家の皆さまお許しアレ〉
芸術を理解するには、作る人とそれを体感する人のたくさんのギャップが大きな障害にもなるし、またそれが面白みを生み出すこともあると思います。たくさんの芸術に触れなければ自分がそれを体感した時に「ああこれだ!」と心が震えるほどの共感を得る作品にはなかなか出会えないのでしょうね。まだまだ私の修行は足りないのだと思いました。
実は帰りに大原美術館に寄りました。
見たことがある、知っている絵画の前では、なんだかほっとして、心の緊張が解けていくような気持になったのは・・・やっぱり修行が足りないと大いに恥入った私でした。
今回はハロウィーンリースの作り方をご紹介します。
材料は雑貨屋さんで気軽に買えるものが多いので、手軽に作っていただけます。
梅雨の終わりに襲ってきた台風がようやく収まった翌朝、真っ青な空を見上げれば遠くに入道雲が湧いていて、そこにはまぎれもなく輝くような夏が待っていました。
私が小学生のころの夏は「今日は暑かった!32度もあった。」などと夏休みの絵日記には書いた記憶がありますので、その頃の気候では猛暑や熱中症などという不穏な言葉は存在しませんでした。だから外に遊びに出るときは綿のワンピースをふわりと着て、つば広の帽子をかぶるだけで充分でした。
外で遊ぶのが大好きでお転婆な私は真っ黒に日焼けしているのが自慢で、友達と袖口をめくっては肌の白い部分との違いを競い合ったものでした。遊び疲れた午後には、庭からの風がよく通る八畳間でごろごろしながら漫画や本を読んでいると、いつの間にか風鈴のやさしい音と共に眠りに落ちていき、ギラギラした陽の強さも少し翳りを帯びた午後、ひぐらしの声で起きた時の冷えた西瓜が何よりのごちそうでした。
夏休みの週末には、家族そろって三保の海水浴場(世界遺産に指定を受けて、天女の羽衣伝説で有名です)へ小さな寄合のポンポン蒸気船に乗って出かけました。船が出る時の、ポンポンというエンジンを吹かせた景気のいい音と、ガソリンくさい臭いはワクワクした思いと共に今でも鮮明に思い出すことができます。
私たち子どもへの父の水泳教育はスパルタで、岸からちょっと遠くの足が届かない海の中に子供たちをポッチャンと落として、必死にバタバタしているのを笑いながら見ていました。私たちも苦しいながらも近くに父がいる安心感で、楽しい気分は変わらず、そのうちに犬かきのような格好で必死でバタバタと前に進むと嬉しそうに大きな声で『うまい!うまい!』と喜んで抱き留めてくれました。時としてブクブクと沈んでいく私の水着の背中のひもを持って、引き上げてくれた父の大きな手を今は懐かしく思い出します。
両親が『夏に海の水を飲んでいると冬になっても風邪をひかないよ。』という、訳のわからない話をすっかり信じていて、溺れて大量の海水を飲んでしまっても得をしたみたいに考えていましたが、結構いい加減な話ですよね。
ひとしきり溺れて(?)泳いだ後は、海の家でかき氷を皆で食べました。イチゴか、メロンか、レモンか迷うことがまた楽しくて、頭がキーンと冷えて食した後には赤や黄色、緑に染まった口が可笑しくてお互いに大笑い!あのにぎやかな団らんが、本当に楽しい夏休みの週末でした。
最後に少し大人になった大学時代の夏休みのお話をいたしましょう。
私はその年の前の夏に失恋をしました。お昼前に七夕飾りが林立する商店通りを二人で歩いているとその人が突然自慢げに『バイト先で知り合った高校生とも、今日の夜デートだよ。昼間は栄里だろう?だから俺今日忙しいんだよ。』と、いう何ともデリカシーのない言葉に仰天して、私の気持ちは決まりました。彼が私を引き止める言葉にも耳を貸さず、その手も振り払い、走って家に帰りました。
傷心の夏が過ぎて、その秋に私は新しい人と出会いました。私の気持ちは彼の知的な大人の引力にぐいぐいと引き寄せられていきました。そして新しい夏。帰省していた私の家に彼からの一本の電話、「近くに来たからこれから訪ねてもよろしいですか?」
お察しください、家じゅう大騒ぎになりました。大騒動の昼間が過ぎて、たまたまその夜は夏祭りでした。私は紺地に白い菖蒲の柄の浴衣を着て彼と共にお祭りに出かけました。
そこにハプニングです!失恋の顛末を知っていた私の友が、去年の夏の彼女がお祭りに来ていることを、知らせてくれました。私はもちろん初めて彼女を目にしました。去年の失恋のことを知っている彼もじっと彼女を見ておりました。
やがて短い楽しい時が過ぎ去って、その日の夜行で故郷に帰る彼を駅まで送っていく時間になりました。お祭り広場から道路に出るまでの20段くらいの階段の前で、彼が立ち止り『どうして、そいつが栄里を振ったのか俺にはよく理解できない。俺なら栄里を選ぶ』とぼそっと言って、私をいきなり横抱きにして階段を上がっていきました。息も乱さず道路に上がりきって静かに私を下して、彼は何もなかったようにさっさと前を歩いていきます。そのあと駅まで言葉は無く、電車に乗った彼のやさしい目を見ながら、私は自分の運命が知らない間に一本道になって続いているのを予感しました。
夏になると決まって思い出す、大事な思い出の数々。
今日はとっておきのお話でした!
市販のペーバーバッグ(紙袋)ではなく、オリジナルの紙で作った紙袋が欲しい時ってありませんか?
今回はお好きな紙で作る手づくりペーパーバッグの作り方です。
お子様の大好きなキャラクターの紙袋や、ブランドショップの包み紙を利用した紙袋など、手づくりで作ってみましょう!
今は新緑が輝く青葉若葉の季節です。今年の春は、暖かすぎる日差しの中で桜は風の狂乱の中にあまりに儚く散り急ぎ、その桜の終焉と共に春はあっという間に駆け抜けていってしまいました。今回は、この短い春から新緑萌え出るさわやかな5月の季節の中での私ごとですが、いくつかの出来事をご紹介してみます。
4月上旬は毎年新人研修の時期
今年もまだ幼さがどこか残っている新人君達にマナー、ロジコミなどをお教えしました。3日間の講座ですが、楽しく時には厳しく指導いたしましたが徐々に同期としてのチームワーク、部下としてのフォロアーシップなどが身についてきて、その成長が嬉しく最後のお別れの時には私の方が涙してしまいました。
遠い地方や離島から、たった一人でこの大都会に出てきた新人君達が多く「島の人たち皆で僕を送り出してくれたんです。だから先生、僕、頑張ります!」などの印象的な言葉は私の胸を打ちました。社会という大海原に小さな船で漕ぎ出していく彼らの行く末が、幸多かれと心の中で何度も祈りました。
2クール6日間連続のこの研修が終わると呆けたようになり、いつものことですが、しばらくは使い物になりません・・でした。
吉野の桜を訪ねました
新人研修の疲れも癒えた4月中旬過ぎに、春の名残を求めて吉野の桜を訪ねました。ところが桜のピークは早くに過ぎていて、上千本から中千本までは若葉交じりで桜も迫力に欠けて、残念な事態となっておりました。写真1
奥ノ院は満開という事でしたが、高齢の母を伴って居りましたので、とても足を伸ばせませんでした。それでも蔵王堂、黒門あたりを歩いて蔵王堂におわします三体の蔵王権現像様のお顔を拝まして頂きました。こちらは初めてだった私は、青いお肌の仏様は珍しく、その大きさに、ただ、ただびっくりしてしまいました。また大きい牙が御口から出ていて迫力あるにらみの効いたお顔でしたが、怖いばかりではなく、どことなく暖かさがにじみ出ていらしてすっかりと魅了されてしまいました。聞きましたところ、秘仏でたまたま御開帳だったとのこと、これはラッキー!でした。
宝塚歌劇団旧音楽学校
吉野の後、元タカラジェンヌの案内して下さる見学コース「宝塚歌劇団旧音楽学校」に行ってまいりました。写真2・3こちらはまだピカピカに輝いているレッスン室写真4ですが、どれだけの苦労と努力と汗と涙がしみ込んでいるのでしょうか?研究生は廊下や階段は壁際の隅を遠慮して歩かなければいけない厳しい規則があり、その足跡で表面がはがれてしまっている階段を見て写真5、今年の研究生の若さがはちきれそうな写真写真6とは裏腹に、どの世界でも下積みの修業は厳しいものだと、思わず私の教え子の新人君達を思い出しました。彼らは元気でやっているのかなぁ・・
最後にタカラジェンヌと記念写真写真7。さすが舞台で鍛えている方はポーズの取り方も美しいですね!横の二人はおずおずとポーズをとっておりますが?全然美しくない!!
矢地繊維様の初夏のディスプレイ
最後にディスプレイのお仕事を一つご紹介します。この「五味栄里のラッピング講座」を運営してくださっている矢地繊維様の初夏のディスプレイです。私は季節ごとにこちらにお伺いさせていただき、オフィスのウインドウ側にあるディスプレイ棚に「ラッピングショウイング」をいたします。本社は福井ですが、東京支店は東日本橋にあります。リボンのショウルームを兼ねているオフィスなのでたくさんのリボンが並んでいます。写真8その中から季節に合ったリボンを選びラッピングをします。たくさんの中からこの色!というリボンを見つけるのはこの上ない幸せで、日暮れまでかかるお仕事ですが、大好きなラッピングを一日中コツコツしこしことできる、わくわくするほど本当に大切なお仕事です。
今回は小さな明るいグリーンの葉っぱ、小さな白い花、四葉のクローバー、グリーンのアジサイを使用してリースを作り写真9それにマッチしたラッピングを作って全体のトーンを初夏に仕上げてあります。写真10・11
次の予定は夏のディスプレイですが…さて、何を作りましょうか?今は楽しく思案中です。
日本の火山があちこちで騒いでいますが、何事もないことを心より願っております。
「人間は自然と共生して、折り合いをつけていかなければ生きていけません。一日が無事終わったらそれに感謝してまた次の日を迎える、その繰り返しで無事に日々を重ねて行く、
『ああ今日も無事一日が終わったなー。ありがとうございます・・』という気持ちを忘れないようにしたいですね」
この言葉は津波で被害を受けた大槌町でお聞きした言葉です。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
「2020リボン」を使って、ディスプレイ用に便利なボリューム感あるラッピング方法をご紹介します。
「2020リボン」とはオリンピックカラーの5色(青・黄・黒・緑・赤)を使ってデザインしたカラフルなサテンリボン。スポーツイベントや商品のディスプレイにいかがでしょうか?
春のお祝いなどに、桜のポチ袋はいかがでしょう?
桜の花びらはリボンを使ってつくります。
梅の花が咲き始めると私の誕生日が近づいてまいります。
そのような季節に出かけた小さな旅を綴ってみたいと思います。
ちょうど梅が綻び始めたころ、上高地の近くの白骨温泉に、一泊して帰ってくるシンプルなバスツアーに友人と三人で行ってまいりました。お値段もお安く19,900円!
かの地はサイトで気温-12度。寒さ対策完璧の重武装のいでたちで参加しました。
バスは新宿を出て、途中、山梨のサービスエリアでランチのアツアツの「ほうとう」を頂いたのち、松本までは快晴の透き通るような青空の下、中央高速をひた走りに走って行きます。松本で高速を降り、道はやがて奥へ奥へと山を上り始めます。その頃には小雪がちらつき始め、道路のわきの雪が壁のようにだんだんと高くなっていきます。私達はいつの間にか雪国に迷い込んだような「不思議な国のアリス」…状態?となっていました。
しばらく雪の山道を走った後、大きな駐車場に入りバスが停まりました。すると運転手さんがジャンバーを羽織り、バスから降りてなにやら作業を開始。なるほど、積雪が深い山道のため、タイヤにチェーンを巻き始めたのです。さすがにプロ!20分で作業は終了。鼻と手を寒さで真っ赤にした運転手さんがバスに戻ってきて、再び発車オーライ。
バスはチェーンの「シャリシャリ」という、あの独特な音を響かせてもっと狭く、もっと急な、山道をさらに登って行きます。
対向車線から車が来ると、運転をしていないこちらまで手に汗握るような崖の淵すれすれに、ほんの少しの隙間を残して次々と対向車がすれ違っていきます。写真1そのようなスリル満点の山道は、いかにも山奥深く隠れた「いで湯」の雰囲気を否が応に引き立てて白骨温泉への期待はますます高まるばかりです。
やがて見えてきました!白骨温泉の雪に埋もれた旅館街。写真2「思えば遠くに来たもんだ・・」とステレオタイプのセリフの一言も言いたくなるような景色・・。
斎藤旅館は湯元と名乗るだけに、由緒ある老舗の名旅館です。写真3・4
雪の中で凛とした風格を見せて、不思議な国のアリスたちを優しく抱き留めるかのように腕を広げて待っていました。
中に足を踏み入れれば、そこは、うらうらと心地よい春の暖かさ「いらっしゃいませ!お待ちしておりました。」とさわやかな笑顔と挨拶に迎えられ、旅人達は、靴の紐をようようにほどくのでした。
もうもうとした湯気の中、湯は乳白色で時として水の色と重なり灰青のような美しい色をたたえて、入れば身体にじわーっと効く!効く!
疲れた体がその縛りから解き放たれ、手先、足先から溶けていくような・・
「うーっ・・ゴクラク、ゴクラクじゃぁ!」とのうめき声が、ついつい出てしまう女子三人は既におじさん風情、周りは女子だらけなんだから、まぁ許してください!
「露天風呂はあまりに寒すぎておすすめではありませんが、野天風呂はよろしいですよ」という先刻の仲居さんのお勧めの言葉を尊重して、屋根のある野天風呂に入ることに決めました。外への扉を開け目的の野天風呂までは10歩、たったの10歩なんですが‥これが極寒!…なかなか決心がつかず扉の前でおろおろと数秒。エイヤ!と飛び出すと、氷がぴたぴたと体に貼りつくような冷気に一旦はたじろぎましたが、このままでは凍死!とばかりに「ひやぁー!@×きやあーたすけて!!さっぶーー」と訳の分からない悲鳴を上げて野天風呂に飛び込みました。
死にそうなほどの大騒ぎの後、やっとじわじわとお湯の暖かさが身体に沁みわたってきて、落ち着いて外の夜の闇に目を凝らしてみると、周りを囲む大きな樹の黒いシルエットが風に揺れて、粉雪が渦を巻くように舞い散っています。その雪が時として顔や頭にかかり、火照った肌には、チリチリと針に突かれたような冷たさが気持ちよく、これこそ野天風呂の醍醐味!と、言葉もなく満喫しておりましたところ、先ほど洗った髪に手をやると・・・固い…???‥なんと!髪が凍っているのです!隣にいる友人も頭に巻いているタオルが凍って帽子のように形のまま取り外せる状態で大笑い。
非日常の時間の中のゆったりとした幸せを、笑いの声とともに皆が心に置きとどめたこの思い出が、私の誕生日の素敵な贈り物となりました。
帰りのバスを降り、新宿で友人と別れた後歩く高層ビル街の片隅に、一輪の梅がひっそりと微笑んでいるように咲いておりました。
東京に帰ればまた忙しい日々が始まります。