1母の日リボンのご紹介
おしゃべリボンでは期間限定(2019年5月7日(火)まで)で母の日用のオリジナルリボンを販売しています。
今回はそのリボンの特徴と使い方をご紹介いたします。
母の日リボンの詳細はこちら
2スカーフやストールのラッピング<母の日編>
あまり厚さのないスカーフ、ストール、ブラウスなどをラッピングする時のワンポイントアドバイス!こちらでも母の日リボンを使っています。
ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど
おしゃべリボンでは期間限定(2019年5月7日(火)まで)で母の日用のオリジナルリボンを販売しています。
今回はそのリボンの特徴と使い方をご紹介いたします。
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あまり厚さのないスカーフ、ストール、ブラウスなどをラッピングする時のワンポイントアドバイス!こちらでも母の日リボンを使っています。
今は三寒四温という言葉どおり、春が行ったり来たり、そわそわと落ち着く場所を探しているような天候ですね。昨日は寒くて厚いセーターを着ていたのに、今日はベランダの花々の上に日差しが柔らかく注いで、うららかな暖かい日となりました。今日のような暖かい日には外へ出て、寒さで縮んだ体を思い切り伸ばしてみたくなります。
ということで、春めいた日差しに誘われて外に出てみると・・・・
今更!?・・の感はありますが、東京はどこに行っても外国人の多さにびっくりしますね。
私が利用する山手線の中は、多様な言語が飛び交い、子供連れの中国人家族、若い学生風の韓国の軍団、カップルと思われるバックパッカーの西洋人などであふれています・・日本の風景も大きく変わりました。
このような風景を見ていると、50年前の記憶の中の我が家の珍事を思い出します。
私が幼いころ、父は仕事で単身アメリカに参りましたが、父が初渡米する日の朝のことはいまだに記憶に残っております。駅には新聞記者やカメラマンをはじめ、人が山のように集まり万歳‼万歳‼という掛け声の中で父は汽車に乗り、そして一路羽田がある東京に向かいました。駅の隅の方で息子の姿を見て祖母が涙をぬぐっていたのを鮮明に覚えております。
今では信じられない事ですが、外国へ行くという事は、当時では大事件だったのです。
まるでドラマで見る、兵士が戦場に出征して行くような光景でした。
でも、珍事はそれではなく、父が数年後にアメリカから帰国した後のお話です。
私達家族が住んでいる静岡に、はるばるアメリカから一人のお客様がやってきたのです。
そのお客様は父がニューヨークに住んでいる時に仕事もご一緒にして、お世話になったバーマンさんというアメリカ人でした。我が家でそのお客様を囲んで大歓迎会が開かれることになったのです。
その日は朝から大騒ぎです。お玄関や床の間にお正月のような生け花を飾り、日本人形なども飾りました。母はご近所や父の会社の奥様方の手伝いを得てお寿司を作り、お酒の用意をして、ステーキも焼き、クッキーなども焼いたりしての大わらわ。大きなスイカもテーブルの真ん中に置いてありました、また夏の暑い時でしたので、祖父のアイデアで氷やさんに大きな氷の柱を注文してバーマンさんの席の後ろに設置しました。会場は狭い我が家ですので、ふすまや障子を取り払い庭まで見通せるような大きなお部屋にして、ご近所からお借りした座卓を何本もつないで大きなテーブルも作りました。たくさんの人があちこち出入りして、てんやわんやの大騒ぎでした。
しかし、その大騒ぎの中、到着したこの日の主人公を見た時、皆、口をあんぐりと開けてしまいました。見上げるばかりの大男が頭がつかえないように上半身を折り曲げてお玄関に入ってきたのです。そしてガリバーのような大きな靴をはいたまま、上がり框にどんどん上がってきてしまったのです。それを見た父が慌てて静止していましたが、私はなぜ靴を脱がないのか?理解が出来なくて驚き、あまりの巨体に再び驚いて,心の中で「ひぇやー!」みたいな声を上げて見ていました。たぶんこの時、そこにいた日本人は、いや生まれて初めて外人を生(ナマ)で見た人たちは皆、同様の声を上げてびっくりして見ていたと確信できます。
バーマンさんは声の大きい陽気な人で、日本語が分からなくてもあっという間に日本人たちに溶け込んで一緒にお酒を呑み、お食事を共にして盛大な盛り上がりの歓迎会になりました。
でも、さすがにお寿司のお刺身は苦手でお勧めしても一切口になさいません、母のお茶の御点前にも、かしこまって飲んでいましたがあまりの苦さにびっくりした様子で、そのどれもこれもが、日本人たちには反応が可笑しくて、笑い声があふれる時間となりました。
バーマンさんはアメリカから持ってきたお土産を、豪快に大きな箱をエイッと逆さにしてザザザーと皆の前で広げました。それは色とりどりのキャンディー、ビスケット、チョコレート、などの袋入りのお菓子でした。そのころ外国のお菓子など誰も見たこともなく、その可愛さや華やかさに驚き、もの珍しさも手伝って皆、大切に持って帰りました。
そして私には、彼は特別な品を用意して持ってきてくれました。
それは10代の少女向けのファッション雑誌セブンティーンでした。勿論英文なので中身はちんぷんかんぷんで、私にはちょっと大人すぎたのですが、アメリカの少女たちはこのようなお洋服を着ているのか、こんな可愛いお部屋に住んでお姫様みたいにベッドに寝ているの?と、グラビアのその豊かさに目がくぎ付けになりました。(日本でもセブンテイーンという雑誌はそれから10年近くたって刊行されました)後日談となりますが、私がそのバーマンさんからの雑誌を毎日毎日飽きずに見ているので、父が書店に依頼して3か月遅れのセブンティーンを毎月アメリカから取り寄せてくれました。その新着の雑誌を手にするときの至福の時間は、私の少女時代のまさにハイライトでした。
話を元に戻しましょう。
最後のメインイベントはバーマンさんが持ってきた8ミリの映写会でした。ニューヨークの摩天楼の景色、ディズニーランド、高速道路でブロンドをなびかせてオープンカーを運転する女性の映像など見たことない風景が次々と映し出され、父の通訳を通して皆びっくりしてバーマンさんの話を聞いておりました。ディズニーランドの説明は子供じゃなくて大人が楽しむ遊園地という、説明だったと思います。最後にミセスバーマンが登場した時は大盛り上がり!赤い髪のすらりとした美人です。「She is beautiful!」バーマンさんのお答えは「I think so」でした。
50年も前のたどたどしいと言えるような歓迎会でしたが、私たち日本人の精一杯の気持ちは十分伝わっていると、誰もが感じることが出来た夜だったと、懐かしく思い出します。
幼いころの私の故郷の人たちは、外国の事は何も知らない日本人でした、今の時代とは隔世の感があり、その時のことを考えると日本の大きな変化に驚かされます。
果たして日本はこれから未来に向けてどのように外国と関わっていくのでしょうか?
もちろん楽しみでもあり、現代の若者の姿からは若干の不安もあります。
でも一つ申し上げたいのは、「I am Japanese.」と外国人に向かって、胸を張って言える人と国であってほしいと願います。
今回は、花かごを使ったギフトラッピングをご紹介します。
バレンタインデーにチョコを差し込んでプレゼント!いかがですか?また、アレンジでショップのディスプレイなどにも応用できると思います。
平成最後の年が過ぎ、にぎやかにおめでたく年が明けました。
あらためまして、新年あけましておめでとうございます。
あたらしい年を迎えて何もない机の上で今年の真新しいスケジュール帳を開いて見ると気も引き締まり,まだ埋まっていない白い空間にどのようなスケジュールが入ってくるのか、いろいろと想像するだけでも楽しい気持ちになってまいります。
スケジュール帳は、一年間必ず携帯する仕事の必需品で、私は次の年の物が出始める11月にはあれこれ品定めを始めます。選ぶ基準は、とにかく小さくて軽いこと、表紙がハードでないこと、あとは表紙の柄などです。
表紙の柄は大事な決めポイントで一昨年と去年の表紙は大好きなパリのエッフェル塔、凱旋門、の表紙を選びました。
今年は金運が付くようにと、はかない願いを込め金色に決めました。使う前には、月ごとのインデックスを付けることも、面倒ですがなんだか楽しい作業です。インデックスにもたくさんの種類があり、
その中からジャストフィットの物を選び、貼り付けます。ところがバランスが難しく出来上がりの不ぞろいさは、今年も例年通りに目を覆うばかりでした。
このような作業をしていると、このスケジュール帳が真っ黒になるほどお仕事のオファーが来ますようにと、パンパンと柏手を打ってお祈りをしたい気持ちになってまいります。仕事もご縁とか運とかいう不確かな要素を多くはらんでいるので、そのご縁を記入するスケジュール帳はやはり精神的な意味でも大切な品です。
手帳つながりでお話を続けますと、外国で買ったノートにはとても美しいものがあります。そのいくつかをお紹介したいと思います。
一つ目は中身は普通の白地のノートですが、ちょっとおしゃれな渦巻き模様です。
ローマの文房具屋さんで見つけたのですが、スリムなボールペンも一緒に購入いたしました。ボールペンの頭頂部にはきらりと光る石が入っていて
お揃いでお土産に差し上げようと思いましたが、結局自分で使ってしまいました。
二つ目はまずラッピングをご覧ください(少ししわしわになってしまいました)
。印象的なビビッドピンクに黒のシールがとても素敵ですよね!パリの小物屋さんで見つけてギフトにすると言ったら、このラッピングでした。リボンはないけれど色だけで充分の存在感です。中身のノートの表紙はこちらです。
天使も花のガーランドもキラキラと光る素材が付いていて、とてもキュートです。開くとリバーシブルのページでした
二同じくパリでみつけたもう一品は蝶々柄のノートです。
このノートの中身は実は全編シールです。
封筒の裏に貼ったり、小さなメッセージなどに使っております。
最後に可愛いレターセットもご覧に入ます。
ケースを開くとカードと封筒とシールが入っています。
カードとシールがお揃いなのでおしゃれなメッセージカードになるのでとても重宝しております。こちらはノルマンディーの小さな雑貨屋さんで見つけました、雑貨屋さんの片隅に雑然と新聞や雑誌などと一緒に置いてありました。レターセットは可愛いのが3種類ほどあったのですが、一つしか購入しなかったことが今も悔やまれます。
スケジュール帳の話から雑貨屋さんまで話が飛んでしまいましたが、今年もたくさんの話題を見つけて皆様におしゃべりをしたいと考えております。
昨年は『災』という字で締めくくられましたが、今年は素敵で幸せに満ちた年になればよろしいですね。猪突猛進という言葉もありますが、楽しいことに全力で向かっていけるように、エネルギーをためて前向きに頑張ってまいりましょう。
今年もよろしくお願いいたします。
今回は、クリスマススワッグの作り方です。今年のドアの飾りは、リースの代わりにスワッグにしてみたらいかがでしょう?
見上げる空に鰯雲を見つけて「ああ秋だなー。」と感じている間に、時は瞬く間に過ぎて急な朝晩の冷え込みにそろそろ毛布を出そうかしらと考えている、今日この頃です。
寒さの始まりと供に聞こえてくるのは、ジングルベルのメロディー・・・・ちょっと早すぎると感じる方もいらっしゃると思いますが、すでにビジネスの世界では年間最大のクリスマス商戦の幕は切って落とされています。
例年この時期は、詰まったスケジュールから聞きこえてくる忙しそうなサンタさんの足音に追われるように、私はラッピングの新しいノウハウを考えることに多くの時間を費やします。
お見せするのもお恥ずかしいのですが。この時期には、私のアトリエ兼事務所は足の踏み場ではなく手の置き所がないくらいの状態となります
。作品の製作途中のものや、捨てられない失敗作や、これから試そうと材料だけの紙袋(机の向こうにあります)が机の上に雑然と山のように積み重なっております。一つ片付けてから次の仕事にかかればいいのですが、すべてが途中なので片付けるわけにいかないのが、私の言い訳です。
こういう状態の中で頻繁に起こるトラブルは「紛失」です。
「あの書類・・確か先程までここにファイルに入れてあったのに?!無い!無い!」と、処かまわず物をひっくり返して、袋の中身を全部出し、触ってもいない引き出しまで開けて探し始めると、もうドツボにはまって、あれが無かったら・・と悲劇的なことまで想像すると心拍数が上がり(体に良くないよ)半泣き状態です。
結局どこにあったかといえば、すぐ近くにあるのに目に入らなかったり、何度も同じところを探しているのに見つけられなかったり、なくしてはいけないと後生大事にしまい込んでいたりということで、結末は壮大な無駄な時間への悔恨と、見つかった事への途方もない幸せ感がゆらめいて、ただただ徒労の極致の中で「なにこれ?」と無用な一人言を繰り返すのみとなるわけです。探し物は本当に疲れるものですね。
ソウソウ!この厄介な探し物の時に、最近、得したこともありました。
それは長年にわたり探していたものを見つけてしまったことです!
相当昔に息子がインド旅行の時に求めたガネーシャ様の写真です。いつの間にかなくなってしまい、「探しておいてよ。」と頼まれていたのですが皆目見当もつかない状態でした。
それがどうしたことか、探し物の真っ最中に引き出しの奥底から現れて驚きました。このようなところにいらしたのですね!さすがにわかりませんでしたとお祈りをいたしました。
ガネーシャ様はヒンドゥー教の神様で、現生の夢をかなえ学問も司り、お商売繁盛の人気の神様です。ガネーシャ様は牙の1本が折れているのをご存知ですか?欠けた牙の逸話があります。
ガネーシャはある日、月に招かれました。月の御殿で好物のお菓子をいっぱい食べてお腹をパンパンにしてご機嫌になり、ネズミに乗って家路に付いたときのことです。突然蛇が現れたので、ネズミが驚いてガネーシャを振り落としてしまい、ガネーシャは落ちた衝撃で牙を折ってしまいました。腹も割れてお菓子が一気に飛び出していまいました。菓子を拾い集めて腹にしまいなおしたガネーシャは怒って蛇で腹を縛り、再び菓子が出ないようにしました。月が一部始終を見ていて大笑いしているので、機嫌の悪いガネーシャは月に向かって折れた牙を投げつけたそうです。牙が当たった月は欠けてしまいました。
月が満ち欠けするのはそれからだそうです。とてもユーモラスなほのぼのしたそして雄大な逸話ですが、現生は常に陰と陽、善と悪、の二面性が無ければ存在しないルールから、一本の牙になってその束縛を超越していることを表すそうです。
前出の息子ですが、外国で違うガネーシャの像を求めたそうです。(ガネーシャ様が相当好きなんですね)その写真を送ってくれました。
小さいけれどとてもしっかりとお守りくださる頼りがいのありそうなガネーシャ様ですね。ちゃんと蛇もいるし、牙もしっかりと折れていますね。
アラ忘れておりました。私も持っておりました!
10年くらい前でしょうか、バリ島で現地の若い青年が自分で彫った石の作品を道端で並べて売っていた一つが気に入り、重ーい石の像を抱えて日本に帰ってきましたが、それがガネーシャ様でした。
このガネーシャ様は毎日、ヴェランダで外から来る魔物を防いで我が家をしっかと守ってくださっています。よく見ますと外に置いてあるので結構傷んでいますね…(申し訳ございません。魔物と戦った跡でしょうか・・合掌)
宗教への関わり方は人によっても大きな違いがあります。皆幸せになりたいために神様を信じているのになぁ、宗教の考え方の違いで戦争が起こっている「人間の頑なさ」の現実には不思議な気持ちになります、その一方で日本人は独特な都合のよい宗教観を持っています。
かくいう私も毎日仏壇に手を合わせ、クリスマスのお仕事をして、年が明ければ初詣ですもの、この節操の無さにガルーシャさまも呆れ顔だと思います。でも探し物をしてくたびれ果ててもガルーシャさまと偶然出会ったり、又は片付けないことへの戒めだったりと、私たちは神様からの啓示に囲まれているのかもしれません。その大きな慈愛に包まれていることに感謝しながら、たくさんの神様とその時々にお世話になりながら、やがて来る新しい年も元気に楽しく過ごしていきたいものですね。

今年も期間限定でハロウィンリボンとハロウィンオーナメントを販売しています。これらの使い方をご紹介します。
ボックスのラッピングはエイトラインボーを使ったラッピング方法。
OPP袋と紙袋にはオーナメントを使ってみました。
2018年の夏は猛暑が続き「過酷!!」の一語に尽きる毎日でした。
私にとりましては、暑さのダメージの上に夏風邪も長引き、調子が上がらない日々が多かったので、先日我が家のベランダから、天の高さの極みに刷毛を掃いたような秋の絹雲を見た時、やっと夏が終わったのか・・とフーっと安堵のため息が漏れました。
私の仕事の一つに「美しい日本語を話す」というフィールドがあります。少し前のお話になりますが、日本語を指導する側ばかりではなく、受ける側の体験もしてみようと思いたち、今年6月に日本語検定の受験を試みました。
受験などウン十年ぶりのことで、まずは受験するには、受験勉強をしてみなければと、参考書を書店で探してみました。ところが、とても種類が少なく、外国人向けのものばかりでなかなか良いものが見つかりませんでした。日本語を改めて勉強してみようなどと考える人は、案外少ないのかもしれません。写真の物はネットで探したものです。
他に資料はないのかと探しあぐねて「日本語検定 勉強」としてネットで検索しましたら、それに応じた通信教育がいくつかありましたので、試しに受講してみました。
早速、段ボール箱にいっぱいに詰った参考書、問題集などが送られてきました。
勉強の分野は敬語、文法、漢字表記、語彙、敬語と4つに分かれております。
面白かったのは語彙の分野でしょうか?
うたた・・意味は 一段と思いが強まる時に使う 転たと書きます
使用例「かつての寒村の近代化を見るたびに、うたた、今昔の念に堪えない。」
けだし・・意味は確信をもって推量すること 蓋しと書きます
使用例「その時の彼の言葉は、蓋し、名言と言えるだろう。」
など、あまり使わないような言葉も多数出てきて、これは受験生も手を焼くに違いないと少し気の毒な感じがいたしました。。
慣用句の分野では、中国の古典に由来している言葉は、その深い歴史の裏打ちがあり、再度紐解けば私自身にもとても勉強になるかもしれないと、多いに興味をひかれました。そういえば、学生時代に、古典(漢文?)の授業で習いました、「人生すべて塞翁が馬」、「五十歩百歩」、「矛盾」、「杞憂」などの言葉は先生がお話してくださった歴史と合わさって決して忘れませんよね。
「石に漱ぎ流れに枕す」という慣用句、聞いたことがあると思います。これは夏目漱石のペンネームの由来なのですが「枕石漱流」(ちんせきそうりゅう)➡「石を枕にして川で口を漱ぐ俗世から離れた生活」を言い間違って逆さに「枕流漱石」と言ったのを笑われた人が流れに枕するのは耳を洗うため、石に漱ぐのは歯を磨くためと強引にこじつけた故事から、負け惜しみの強いこと、ひどいこじつけのことを言う。のですが・・、明治の偉大な文化人の偏屈ぶりが、いかにもという感じで笑えますね。
さて、受験の話に戻りますが・・試験日は6月8日でした。受験人数は全国で4万人を超えるほどで、私の受験日にも会場となる大学の校舎にはたくさんの若い方がいらしてました。
試験開始のときに、配布されたビニール袋に入った問題と解答用紙を見た時は、アドレナリン全開で久しぶりの緊張感に「ああ心臓に悪い・・。」と少々の後悔とともに、「よーい始め」の声でビニールの袋を開けました。
結果は合格を頂きました。
残念なことに手元にあった問題集からは、ほとんど問題は出ませんでした。答案用紙にペンを走らせながら、受験勉強なるものが全く役に立たない現実に、これは自分が普段使っている日本語のレベル検定だなと思いました。現実としては、試しに生徒の立場になろうとしただけなのに、プロ意識ゆえにむしろその結果が恐ろしくて無事合格の通知を頂いて、今はほっと胸をなでおろしております。
ちなみにその通知が届いたのは、夏バテ真っ最中の最悪の体調の時でした。封筒が目の前に来ているのに,開けたくなくてそのままにしておりましたら家人が早く開けたら?と申します。その時は自分の健康をはじめ、仕事のことやプライベートなことまで絶不調だったので嫌な予感とともに、封筒を開けました。合格証を見た時は、それは天から届いた恩恵の一筋の光にも似て、私の絶不調のすべての因縁を、柔らかい、温かい優しい光で照らして洗い流してくれているような感じを受けました。試しの受験などと不遜な考えで受けたにもかかわらず、神様の啓示と思ってよろしいのでしょうか?体調の回復の兆しとともに、私たちが普段使っている日本語に対して改めていろいろな新しい思いを持つことが出来ました。
美しい日本語は現代では若者言葉に押されて、存在が危うい文化となっております。でも若い女性が目上の人に対する敬語を上手に使い、お聞きしていても品格のある言葉を使うことができたならば、それがどれほど素敵で魅力的な事なのか・・この受験を通して、私はそれを伝えるためにもっと努力をしなければいけないと感じました。
そのような夏の経験でしたが、今は体調もすっかりと回復いたしまして「虚心坦懐」元気に楽しくお仕事も頑張っております!本当に「人生塞翁が馬」ですね。
今回は小さなアクセサリーを贈る時のギフトボックスの作り方を紹介します。
レースペーパーを使って可愛らしいボックスを作ります。また、インナーペーパーの代わりにリボンを使ってみました。お楽しみに!
学生時代の友人から、筑波にお引っ越しをしたと連絡を受けて、先日そのご新居をおたずねしてみました。
彼女はそれまでは、百合ヶ丘に近い広いマンションにご主人様と住んでいらっしゃいました。いわば人も羨む悠々自適というライフスタイルです。内心、遠い筑波にお引っ越しなんて、何かのっぴきならない重大な事情があったのかと心配でいっぱいでした。
さて、その理由は、現在筑波に住んでいる3人のお嬢様の近くに移り、お小さいお孫さんたちの面倒を見て,家事などお嬢様の助けになりたいという事でした。ご新居は、駅の隣のマンションで11階のお部屋でした。お部屋はコンパクトにまとまり余分な物がなく、インテリアも白木の家具にリネンのテーブルクロス『ネイチャー&シンプル』で彼女そのもののテイストでした。
見晴らしの良いベランダに出ると、さえぎる建物などは一切無く眼前にはどこまでも広がる緑の田んぼ、遠くに霞むスカイツリー、風景の3分の2を占める空のスケールは素晴らしく雄大で。関東平野の広さを初めて実感できる、痛快なほど何とも言えない清々しい景色が広がっていました。
思わず、私「いいねー!」
彼女「うん。・・・晴れた日は向こうに富士山が見えるよ。」
景色を見ながらの会話はそれだけでしたが、その痛快な景色を見ながら、「ああ、これが彼女の終の棲家なんだな。」と心の中でつぶやきました。
お引っ越しには私の知らない深い事情もあるのかもしれませんが、このご夫婦は自分の人生の最終エンドに娘の傍を選びました。
高校時代から成績も良く優秀な大学を卒業した彼女は、仕事ではなく学生時代からの恋人だった、今のご主人様を選んであっさりと家庭に入ってしまいました。
その後の人生はまさに良妻賢母を地で行き、つつましくも強い意志で子育てに励み、3人のお嬢様を育て上げてきました。若いころからの彼女の願いはただ一つ、大切な人のために生きる、それが自分にとって最善の幸せなのだと信じて生きてきたのでしょう。まっすぐなその生き方は、まさにこの引っ越しの決断の時もぶれなかったのだと、心の中でさすが!と感心いたしました。
自分の信念を貫く彼女が、ここに引っ越してきてよかったなと、満足感いっぱいの気持ちでこの清々しい景色をこれからもずーっと見続けることが出来ますようにと、小さく胸の中でお祈りをいたしました。
引っ越しつながりで、同じ年代の違うカップルのお話をもう一つ。
知人からお聞きしたお話です。その知人と同じマンションに外資系で働く、年収2000万の(すごい!)独身のアラフィー女性が、ご高齢のお母さまと一緒に住んでいたそうです。犬のお散歩のときに知人は、お母様とお話をするようになり、それがきっかけでその女性ともお親しくなったそうです。
その女性は流行の最先端を身にまとい、プチ美容整形にも余念がなく注射、金の糸、レーザーあらゆる方法で美を追求していらっしゃったそうです。その方には彼がいるのですが、この彼がちょっとややこしい経歴で、2回離婚して3回目の奥様とは別居状態そのうえ子供もいるとのこと。また相当の資産家で1年に2回はパリとハワイに彼女を連れて行ってくれるそうです。ここからはちょっと笑ってしまいましたが、「彼女はきれいな方なの?」とお聞きましたら、「中の上」とのこと、よくわかりませんが、そういう事のようです。
ある日そんな彼女が突然今のマンションを売り払い、彼のマンションに引っ越ししてしまったそうです。
その仔細は、原宿に大きな高級タワーマンションの建設計画があり、遠くない未来に彼と原宿のそこに住むまでの間、今の彼のマンションで同棲ということだそうです。そしてご一緒に住んでいたお母様は、老人ホームにお引っ越しとのこと・・・勿論高級なサービス付きのホームとは思いますが、何んともやりきれなくお気の毒なお母様に対して惻隠の情を催します。彼女はちゃんとその原宿の高級マンションを手に入れることが出来ればいいけれど、男の心なんてわかりません。捨てられたらどうするのかしらと・・他人事ながら心配になりました。
たった一人のお母様を捨ててマンションも売ってしまう決断のすごさ・・・とその危うさに、同じ年代で、私も母と一緒に住む身なので、はらはらといたしました。
住む場所を変えるという事は新しい空気、環境、出会いなど、たくさんの期待と希望の扉を開ける人生の大きな転機です。
でも、私たちのような年齢を重ねた身には、大きな覚悟が必要です。それは人生の終着ゴールへ続く最終コーナーに手綱を切ったいう事にほかなりません。これで本当によろしいのか?向こうに見えているゴールまで無事に平和に行きつけるのか?とドローンのような機械を飛ばして、俯瞰して見極める術があったならば、よろしいのですが。なかなかうまくはいきません・・とぶちぶちと言っております私めも、いつもお酒を呑みながら楽しくお話しているお仲間のお1人から、「今度ご一緒に夕食はいかがですか?」などとプライベートなお誘いを受け、予期せぬハプニングにくらくらと悩むことしきり。
このような調子ではまだまだですね。よたよたと道の迷いそうな嫌な予感がいっぱいです。アブナイアブナイなかなか最終コーナーは曲がれないようです。