ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど

昭和のお正月


あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
2018年のお正月も三ケ日が過ぎていよいよ新しい年が動き始めようとしています。
都会で過ごすお正月の中で、ヒマに任せて、幼い頃の昭和のお正月を思い出してみれば昭和は遠く・・隔世の感ありだなーとしみじみ考えました。

むかしむかしの話です・・・
元旦の朝は父も母も和服に身を包み、きちんと家族で新年のあいさつをして子供たちは一家の長となる父親から、押し頂くようにお年玉をもらいました。甲斐甲斐しくおせちの用意をする母の和服姿は、子供心にも嬉しくまた何となくまぶしくて、割烹着…カッポウギは知らない方が多いでしょうね、和服用のエプロンのことです。そのおろしたての、真新しいカッポウギが年の始まりをいかにも感じさせて、その鮮やかな白さが目に残ります。

我が家はお屠蘇代わりに父のハイカラ好みのため、赤玉ポートワインで新年の乾杯をしました。見慣れない形のワイングラスに真っ赤な液体をとくとくと注いでもらい、一口飲めば、そのあまーいワインにすっかりいい気分。「もう1杯!」というと、「子供は1杯だけ」といつものお決まりの返事です。

お正月には、もちろん新品の下着とともに女の子たちは、晴れ着を着せてもらいます。大みそかの夜は枕元に置いてある晴れ着が気になり、眠れないほどの嬉しさです。私の晴れ着は、薄桃色の地に紫、赤、白の菊の花が散らしてある古典的な柄模様で今でも懐かしく思いだします。それに赤い繻子の帯を締めてもらい頭には花のかんざしを付けました。もうそれだけで有頂天のお姫様気分です。
早速近所のお友達のおうちに遊びに行って、お互いの晴れ着を確認したら、しゃなりしゃなりと二人そろって用もないのにご近所を歩き、すれ違った大人たちに「可愛いいネ、きれいだね。」と声をかけてもらうのがうれしくて,いつものお転婆もこの日ばかりはおしとやかな女の子に変身していました。

またお昼過ぎになれば、ご近所が行ったり来たりの新年のご挨拶、私も父と母について一緒にご挨拶に参りました。どこのお宅も門松やしめ縄飾りがあり、お玄関にはお花が活けてありました。いつものおばちゃんたちが母と同じように和服に身を包み、家の中はピカピカに掃き清められて町中がぜーんぶお正月に染まっていたあの頃・・・空には必ずや凧が何本も舞い、道端では独楽を回し、女の子は羽子板をつきました。

あの時代の人々の意識の中では、ご近所同士の親しいお付き合いの中で、「今年もよろしくね」という挨拶とともに、新年の到来に対して、謙虚に神聖な気持ちで迎える清々しい覚悟があったのかな…と感じます。
今年も私のお正月は都会の孤独の中に置かれて、お隣の方にご挨拶をすることもなく、誰が何をしているのかもわからないマンションにいて、街に出ればスウエットのポケットに手を突っ込んで歩いている若者が、眠そうな顔でコンビニに入っていく、そのような普段と変わらない街の風景を「お正月なのに・・」とむなしく眺めて、淋しく感じるばかりでした。

でも田舎に行けば、まだまだあのゆかしいお正月は、残っているのでしょうね。だから人々はお正月には田舎に帰っていくのかもしれません。ゆく年に無事に過ごせたお礼を言い。来たる新しい年に幸多かれと祈り、家族が集まりお互いの心の絆を確認して、心を新たにして帰っていく。
お正月というのは日本人の心の奥にある、皆でスタートラインに立って小さな仕切り直しをして、再び頑張ろうね!という暗黙の約束があるのかもしれませんね。昭和の時代はそれがはっきりと見えていた、今の混沌とした複雑な時代と違ってわかりやすい時代だったのかもしれません。

などと徒然なるままにお正月とは何ぞやと考えてみましたが・・
今年もエッセイをお読みいただいている皆様とともに清々しい仕切り直しをして、スマートダッシュで2018年をスタートしていきたいと考えております。
皆さまにとりましてもよいお年になりますようお祈りいたします。
ありがとうございました。