ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど

遠い日盛りの日


夏の日盛り、ベランダに置いてある観音竹も木香薔薇もゼラニウムもあまりの暑さに息も絶え絶えにぐったりとしおれているかのように見えます。

日盛りの夏を迎えると、遠い日に亡くなった大切な人のことを思い出します。
その人の命が尽きる数日前、私はICUでその人の傍にただじっと座っておりました。
私にできることはそれしかなったから。

その時ふと目に留まったのが、彼の「手」でした。
いつもそばにいて、いつも見慣れた手です。

突然、この手にはもう会えなくなってしまう、という思いが沸き上がってきました。
いたたまれないような思いで、眠ったままの彼の手を取りました。
武骨だけど長いやさしい指、がっちりとした分厚い手のひら、浅黒く、ちょっと傷のある手の甲、強く握っても今はもう握り返しては来ないけれど、この手のやさしさに何度も救われたことを思い出しながら、すべてを覚えておかなければとその手を取り、必死になって見つめました。

しばらくして、仕事を終えたようななんだかほっとした気持ちになり彼の手を元に戻し、深いため息をつきながらブラインドのかかっている窓に顔を向けました。

遠い日盛りの日

ブラインドの隙間からは夏の景色が見えています。
その日盛りの太陽はまぶしく輝いていて景色のすべてを明るく包み込んでいました。
その時、ある否応なしの現実に気が付きました。

ああ!この手は、いえ、この人は、自分の意志で、自分の足であの夏の日盛りの中に出ていくことは、もう決して、叶わないのだと・・・・

その時、この生命力にあふれ、圧倒的な強さをもっている夏の太陽に、私たち二人が一緒に押しつぶされ、気持ちも何もぺちゃんこになるような救いようのない、敗北感が心に満ちてきました。

涙があふれ、あふれ、あふれ、若くして亡くなっていく彼の哀れさと無念さが心を突き破るようにぐさぐさと刺さり、声を出して泣いてしまいました。

年を重ね、今は遠い日になってしまいましたが。
あの時目に映った彼の手は今も忘れないで、記憶の底に沈んでおります。
夏が来て陽炎が揺れるような日が来ると、いつも思い出す切なく悲しい思い出です。