ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど
明けましておめでとうございます
年初めのエッセイなので、縁起のいいことをバーンと書きたいところですが、なかなか調子良く、いい話題が見つかりませんのでわが家から見える景色、窓の外のお話をしてみようと思います。

昨年の11月にうちのマンションの、向かい側の広い範囲に50階建ての高層建築が数棟も建つ大規模開発の予定があると聞き、驚きました。
これ以上空が見えなくなってしまうのは困ると、強く思い、説明会に出席したところ、思わぬことで自分の視野の狭さに気づき、自分で自分に恥ずかしい思いをいたしました。
説明会は、まず、自治体の方が難解な文言がちりばめてある分厚い書類を出席者に配布して説明を始めました。
自治体の方の読み方は棒読みで一切の感情をまじえることなく、内容を読んでいくだけでしたので、これでは被害者意識満々の私たちには事柄は伝わらないなぁと、少しいらいらしながら聞いておりました。
すると途中で我慢できないという様子で、私のマンションのごく近いところに建つ40階建てマンションに住む方が結構な強い口調で発言を始めました。
「こちらに引っ越してきて景色が楽しみだったのに、この大規模開発の建物が建てばうちからは富士山が見えなくなりますよ!」という趣旨でした。
それを聞いていて私は「ちょっと待ってよ!!」と心の中で叫びました。(発言はしてませんが・・・)、実はこの.発言者の方の40階のマンションのおかげで
くっきりと見えていたうちの富士山が、全く見えなくなってしまったのです。
何を言ってるのよ!と、心の中で肩を怒らせましたが、その方の意見を聞きながら私たちも加害者になっているかもしれないことに気が付きました。私の住んでいるマンションが建った時にも、この方や今の私と同じ様に富士山が見えなくなると、嘆いた方も他にいたのだろうと…
こんな簡単なことにも気がつかないで自分のことばかり考えていたなぁと、先ほどまで空が見えないと困るなどとぶつぶつ文句言っていたのに、これは軽々にこの場で意見など言えないなぁと、下を向いてしまいました。
説明会には、大変な状況に落ちてしまっている、立ち退きが必至の数棟のマンション、多数の一軒家の方達が多数出席なさっていました。
その方たちのご意見をお聞きしましたが、代替え後に提示された新しい部屋は住居スペースが極狭(だそうです)になってしまうそうです。
同じスペースが欲しければ相当のお金を払わなければならないのと、年齢を重ねた人たちには無理な額だと深刻な思いをぶつけていました。
今更どこに引っ越したらいいのかわかりません!とのご意見は胸を打ちました。
その他数名のご意見を聞いていて、空が見えない私の不満など小っちゃい小っちゃいと思わざる負えなくなりました。
説明会が終わり、つらい事情の方たちのやるせない思いがすっかり伝染して、どこにぶつけたらいいのかわからない理不尽な思いがのしかかり、足取りも重く、トボトボと歩きながら帰途につきました。
たぶん私たちの事情などお構いなしに事が進んでいき、ブルドーザーがけたたましい轟音の中でそれぞれの願いや不都合の上に重い土をかぶせていってしまうんだなぁと、そんな悲しい想像が頭をよぎりました。
世の中で一つの大きな変化が起こると、それぞれの事情が複雑に重なり、知らないところで多面的な影響を与えたり、反対に被害にあってしまうことも多々起こります。
まさに富士山の一件がそうです。
皆が自分の足元だけ見て狭い視野でいると、世の中はたくさんの影響を受けた犠牲の上に成り立っていることも知らないままです。そうであってはならないのに、力の強い者の正義が次々とあたかもこれが正しいという顔をして成り立って行ってしまうのです。
考えれば国家間の争いもその理不尽な人間のルールのなれの果てです。
皆で自分だけではなく周りを見る優しさと視野の広さがあれば平和でいられるのに、人間て悲しいほどおかしく、どうしようもない生き物ですね。
我が家の窓の景色ですが。
20年前はお話しした通り、富士山が夕焼けの中で黒々とした三角のシルエットを見せておりました。
10年経つと富士山も消えて、空の広さも半分になり、向こうの窓から見えた東京タワーも消えてしまいました。遠くに見えた横浜のランドマークも見えなくなりました。
そして
現在は窓の上辺から3分の1くらいに空が縮まっています。
これもあと数年で全部消えてしまうと思うとやりきれなくなります。
窓の景色は変わるのは仕方がありませんが、戦争のない日本の平和だけは決して変わってほしくはないですね、午年初めの願いを込めた雑感でした。
今年もよろしくお願いいたします。