ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど
古いお話でとても恐縮しながら、30年前のお話から始めてまいります。
30年前のある日、札幌にいる従姉妹から一本の電話がかかってきました。「知り合いの知り合いのその友達(?)がラッピングの先生を探していて、あなたからその人に連絡をしてくれない?」
そして同日、お世話になっているクライアント様から「ラッピングの先生をさがしている人がいるのですが、お引き受けしていただけますか?」という電話がありました。なんだか似たようなお話だなーと不思議に思いました。その不思議な先にいらしたのが今日のお話のUさんです。
Uさんは札幌在住3人の子のお母様そして歯科医の奥様で、ラッピングコーディネーター志望。ようやく子供が手を離れたのを機に願いを叶えるべく、ラッピングの先生を探そうと二人の知り合いに依頼したというのが事の始まりでした
全く違う二方向からのコンタクトで、複数の人を介しているにもかかわらず最後に行き付いたのが、不思議なことに両方とも私の所でした。
そのような運命ともいえるご縁に引かれて、ご連絡をしてみました。
そのころの私は3日に空けず出張続きで日本中を東奔西走、札幌への往復はさして苦にならない状況でした。むしろ私自身のスケジュールの方が気がかりでしたが「先生のお時間通りに合わせます、お時間が空いたら札幌にいらして下さい」という言葉に心が動きました。
ただし指導料はもとより交通費、宿泊代、などたいへんなお金が掛かってしまうので心配をしましたが、ご本人の意志がとても固いのと、何よりもその情熱にほだされてお引き受けしました。
授業は彼女の負担額が少しでも少なくなるようにご友人を何人か集めて皆で学習するスタイルに致しました。ご友人方と楽しく和気あいあいあいとラッピングをして、最後のティータイムには北海道の美味しいお菓子が出てきて、何回か足を運ぶうちにUさんのお人柄も相まって、私にとっては札幌にお伺いすることが待ち遠しくなるような、楽しみな時間となりました。
ところがこのUさん、とにかくすごい人だったのです。
2回目にお伺いした時、平たい大きな引き出しがたくさん付いた、出来立てほやほやの感じの大きな白木の棚が置いてあるので、これはなんでしょう?と見ていましたら「あっ先生!それ、きのう来たばかりなんですよ。デパートに注文してペーパー専用の引き出しを造らせました。」「えぇっ?!」と彼女を見たら、ニコニコ笑って「前からこのような紙入れがほしかったのです、いかがでしょうか?」
いやはや・・如何でしょうか?と聞かれても、私もこのような棚は持っていなかったので「はぁー・・・、紙の問屋さんにはこのような棚ありますよね‥」などと言いながら「なんという行動力!?これほどの量の紙をお買いになるのかなーー?」と、ただただ棚を眺めておりました。
その後、授業も順調に進み回を重ね10回近くになった頃でしょうか、お庭の方から建築の音が聞こえてくるので、「おうちを増築なさっているのですか?」とお聞きしたところ、少し言いにくい表情で「先生に申し上げるとご心配なさると思って黙っていたんですが…、ラッピングスクールの教室を建てています!」「?はぁ?」と素っ頓狂な声を出して私はただ口をあんぐりと開けてしまいました。
やっとの思いで「いや、Uさんちょっと待ってください!まだ時期尚早ではないですか?」と言葉を絞り出すように申し上げても、すでに建築の音がカンコンしているのですから、後の祭り・・このように慌てたことは後にも先にも見当たりません。
「先生がそうおっしゃることは想定内です。とにかく一歩を踏み出すことに決めました、黙っていても事は始まらないので・・」と、決意も固く‼と、言うよりは涼しいお顔でこともなげにおっしゃっています。その後、仕事として成り立たせるには相当な覚悟がいること、彼女の前にあるラッピングのマーケットがどれほどなのか調査したか、何も教室まで立てなくとも・・教室など建ててしまってペイするのか?などをお話しましたが、「暖簾に腕押し」と思わざるを得ない無駄な説得時間でした。
決めたら一途! 前しか見ない! 彼女の真骨頂がまさに現れた事柄でした。
このラッピング講座を卒業して彼女の夢の実現への扉がいよいよ開いたころ、完成した2階建てのお教室を拝見しました。そこは薄い紫と明るい若葉のグリーンの配色の教室で、フェミニンな明るいイメージの素敵な空間に仕上がっていました。目をキラキラさせながら案内してくださる彼女の横で私はちょっと羨ましささえ感じました。くだんの紙入れの棚もちゃんと鎮座しておりました。
独立して日もまだ浅いころ、彼女からお電話がありました。
「テレビの番組でラッピングチャンピオンに出演することに決まりました」とのこと。大いに賛成しましたが、もし敗退した場合はそのダメージは大きくないですか?と心配して尋ねると、「先生!私は失うものなんて何もないです。それより名前を売りたいので頑張ります!」
この言葉を私は忘れません。
彼女の全てがこの言葉に凝縮されていると感じました。新鮮な野心をむき出しにしたこの素直な言葉を、その時の同業の私に言えたかどうか・・その気迫に何も言う言葉がありませんでした。もちろん彼女は見事に優勝してラッピングチャンピオンとなりました。
その後の驚嘆すべき彼女の躍進は枚挙にいとまがありません。
色彩検定、ディスプレイ、パーソナルカラー、心理学などたくさんの勉強を重ねて資格も取得して、あるセミナー団体では理事まで上り詰め、又会社を設立してギフト店を経営しながら、後進の育成にも力を注ぎ、最後にはご自分のラッピング団体も作り上げました。
何か事を起こすたびに、彼女は私に報告をしてくれます。
あくまでも私を師匠として立てていくのが、彼女の生き方の美学だと事あるごとにその律義さに、胸を打たれて頭が下がりました。
そのような彼女からこの3月にきらびやかな招待状が私のもとに届きました。
長く歩いてきたラッピングの道の集大成の個展を5月に開き、又最終日にはパーティーを開くという内容でした。事前にぼんやりとはお聞きしていましたが、その文面を拝見してこのイベントは仕事のけじめをつけるためのものだと理解しました。
「長きにわたり私を支えてくれた仲間たちのお披露目の場として、皆様との再会を願いつつ最後の機会を楽しみたいと思います」
この一節は育成した彼女の弟子たちへのエールを含めた招待状の文面です。
登場もいきなりの舞台でしたが、引き際も鮮やかにパッと幕を下ろしてやめていくという、考えればいかにも彼女らしい引き際で、これしかないという演出だと思いました。
思えば彼女からの御電話はいつも驚かされることばかりでしたが、「決めたら進む」「新しいことに常に挑戦」「些末な事にとらわれない」というようにすべての事柄に心の軸が定まっていました。
師匠とは名ばかりで、むしろ彼女から習う事の方が多かった私でしたが、あの30年前の2本の電話が引き寄せたこのご縁は生涯を通しての宝物のようなご縁だったと、私が今、彼女に贈る言葉はそれだけだと思います。
心身共に休む暇のない濃密な30年を過ごした彼女、舞台を下りた後、平和なゆったりとした時間の中で新しい幸せを見つけることが出来ますことを心より願うばかりです。