ラッピングコーディネーター 五味栄里先生によるラッピング講座。リボンの結び方、箱の包み方、季節に合わせたラッピングやエッセイなど

空想の翼


気が付けば梅雨の鬱陶しい曇天が広がる6月も終わり、明日からは7月です。あじさいの花も季節の移ろいに心なしか色あせて見えます。あと2週間もすれば、いや応なしに真夏の太陽がぎらぎらと照り付ける季節がやってまいります。

学生時代は夏休みが始まれば、楽しみが山のようにあり、あれこれと遊びのスケジュールを画策したものでした。でも考えてみると毎年の夏休みすべてが浮かれていたわけではなく、受験の夏休みもあったなーなどと、ぼんやりと大昔のことを思い出しております。
「ここが決戦の時!」だとか、「今こそ死んだ気で頑張れ!」などと学校の先生に叱咤激励されているにもかかわらず、本人は先生や親の意思などお構いなく、どこ吹く風。
対岸の火事のように親たちの騒ぎを見つつ、気持ちはとてものんびりとしておりました。
でも、さすがに夏休みの遊びのスケジュールは皆無で、親の手前もあり、机の前には形ばかりですが毎日律義に座っておりました。
でも、ややもすれば、ぼーっとして近所に住む子供たちの遊ぶ声を聴きながら、空想の世界をさまようのが、「死んだ気」も「決戦の機会」も全く自覚のない私の夏休みの受験勉強であったと記憶しておりますが、その勉強よりは断然楽しかった空想は、本当に他愛のない内容でした。

誰もいないエメラルドグリーンの海に浮かぶ小島、白い砂浜のヤシの木陰で長椅子に寝そべりながら、受験問題集ではなく、大好きな恋愛小説と漫画を山積みにして読みふける私。海風がそよそよと吹く中で、やがてウトウトと心地よい眠りにつき。美しい景色の中で絵になったらタメ息が出るようなお昼寝。ふと気が付くと、どこからか白い制服を着たサーバントが現れて「お嬢様、おいしいお食事をお持ちしました。」と、目の前のテーブルにはあふれるばかりのごちそうの山。「パイナップルジュースは?」と眠たげな私が問うと、ジュースはいつの間にか私の手の中に。とろりと甘くそして冷たーいフルーツそのもののジュース!!
あーこんな島に行きたい!1時間でいいから行きたい!
果てしない空想は続きます。
食べきれないほどのごちそうをいただいた後、満腹のお腹をさすりながら恋物語のページを再び繰ると、空想はいつか夢の中のそのまた夢に入っていきます。

時は戦国時代、私は囚われの身の絶世の美人のお姫様。今まさに姫の兄上が姫を救わんとして囚われている城に戦を仕掛けてきた。城の外も内も戦の火の手が上がり落城寸前。その混乱のさなか、姫が迎えを待つ人はただ一人。幼いころから姫の守役として一緒に兄妹のように育てられた「総司郎」という凛々しい若武者であった。ところがこの主従、いつしか身分を超えた許されぬ恋に密かに身を焦がすようになっていた。今や愛しい人と引き裂かれ身も心も狂わんばかりに「必ずやあの者が助け出してくれる。」と一途に信じている姫。
そこにこの城の主が登場、(若くて頭脳明晰、青い眼をした外人風のこれまたイケメン城主!はっきり言ってありえない!でもいいの!)姫をむんずと捕まえて、「さあ美しい栄里姫よ!落城寸前の城を捨ててこの抜け穴を使い、私と城から落ちようぞ!」と迫る。栄里姫しばし、その怪しい魅力にとろりと負けそうになるが!!!そこへ鬼気迫る迫力で総司郎が登場「ひい様!」「総司郎!」呼び合う二人。単身乗り込んできた総司郎が丁々発止と敵と斬り合いの末、やっと取り戻した姫をひしと胸に掻き抱き・・

その後の顛末はあまりに複雑な人間関係ゆえ、考えないようにして「いいなぁー、受験生だけど(この一言が泣かせる・・この現実からはどうしても抜け出せないのである。)今ここに、こんな素敵な総司郎があらわれたらどうしよう・・?駄目だわ、絶世の美人のはずなのにニキビがいっぱい」などと鏡を見ながら独り言。あの迫力ある城内のシーンから一挙にエメラルドグリーンの海の島も飛び越えて、フラフラと空想の翼をたたむように現実の世界に戻ります。しかし、夢見る瞳は参考書の文字は未だに追わず、ハートの形になったまま総司郎のイメージを追いながら、ただぼーっと時間が過ぎていく。(久しぶりに総司郎!思い出しました!この若武者はティーンエイジャーだった私の空想の中で必ず出てくるヒーローでした。)
何と能天気な受験生。お恥ずかしい限り!
私がこんなことを空想している間に受験のライバルたちは決戦の時とばかりに、しこしこと受験テクニックを磨いていたに違いありませんね・・・
いつもこのような物語が頭の中でぐるぐると浮かんでいた私は、空想好きで夢見がちな少女でした。
時が流れて・・・
やがて大人の扉を開けた私は、空想の世界に飛び立つことも無く、「しがらみ」と「やらねばならぬ」という鎖に縛られて忙しい時を過ごしているように見えます。が、今でも心の隅で「現実から離れてぼーっとした空想の時間もほしいよね。あの翼を広げたいなー。と、」しばしば考えます。

突然ですが、現実の目の前の景色です。12
今日の私の机の上には、PCとラッピングの資料と明日の講座に使用する風呂敷と、テキスト改訂のための多数の紙と箱が積んであります。いまさら総司郎とは申しませんが、ごちそうと冷たいパイナップルジュースのあの島はかけらもなくなっているように見えます。
でも、この絵ハガキをご覧あれ!「パイナップルジュースのあの島」に似た絵ハガキです。34詳しいことは忘れましたが、これは10年以上前に友達が宮古島の旅から送ってきてくれたものです。これを見たとたん、あのエメラルドグリーンの海に囲まれている空想の小島を思い出して、すぐ目の前の壁に貼り付けました。そして、心が折れそうなとき、疲れていやになったときにこの写真に目をやります。
これを見るといやなことも忘れて、うっとりと心のセリフ・・・
「あーあ!いつかこんな島に好きな本をたくさん持って行って、長椅子に寝ながらのんびりと1週間だけ、過ごせたらなー。」と。
全く成長していないのが、お恥ずかしい限り!トホホ。そしてちょっとだけ元気になるのです。心に温かい火がぽっと灯るように、です

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空想することにより、それでほんの一瞬でも心が慰められればしめたもの、お金もいらない、自由に出たり入ったり、しかめ面が簡単にニンマリ顔になるかもしれません。若いころ得意だったけれども、どこかに忘れてきた空想の翼を探してみるのも、オツなものかもしれません。

かの島の涼しい風に吹かれて、波のやさしい音を聞きながら、やがてまどろむ私に、「ひい様・・・」という聞き覚えのある声、目を開ければ・・・そこには懐かしい総司郎。
「総司郎!久しぶりね。あなたのことを忘れていたわけでないのよ、大人になっちゃって余裕がなかっただけなの、許してね。」
じっと見つめあう二人・・・
「あら、いやだわ、総司郎ったら手に持っているのは、パイナップルジュース…?」
(まあいいでしょう。許してください。空想なんですから。)
久しぶりに永遠のヒーローと夢の世界を飛んでみるのも悪くないですね!